労働基準法判例
日本勧業経済会事件
実際に生じた損害について賃金と相殺できるか。
事件概要
事業所Y社が倒産した。
その際、Y社に就業していた労働者Xさんは未払賃金の支払いを求めた。
しかし、Y社はXさんには背任行為があり、Y社はその背任行為によ生じた損害に対する損害賠償とXさんへの未払い賃金を相殺するとして支払いを拒否した。
これに対して、Xさんは賃金全額払いの原則に反するとして賃金の支払いを求めて訴えた事例。
- 労働者の賃金は、労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすることは、労働政策の上から極めて必要なことであり、労働基準法24条1項が、賃金は同項但書の場合を除きその全額を直接労働者に支払わねばならない旨を規定しているのも、右にのべた趣旨を、その法意とするものというべきである。
- 労働者の賃金債権に対しては、使用者は、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許されないとの趣旨を包含するものと解するのが相当である。このことは、その債権が不法行為を原因としたものであっても変りはない。
判旨は労働基準法のみを根拠にしていますが、民法的考え方も根拠となり得ます。まずは労働基準法から解説します。
法17条で相殺については「使用者は、 前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を 相殺してはならない。」としており、使用者が相殺できないのは「労働することを条件とする」場合です。
今回のケースではY社は既に倒産しているわけですから「労働を条件とする」相殺ではありません。
反対解釈で読み解くなら、実際に起きた損害を賠償するための相殺であれば賃金債権と相殺できそうです。
これに対して、賃金は全額払いの原則があります。
この二つの法理のどちらが優先するかという事になります。
判決では賃金全額払いが優先するとしたわけです。
その理由は賃金全額払いが「労働者の生活に不安の内容とする」という「労働政策の上から極めて必要なこと」であることを挙げました。
したがって、賃金全額払いの原則は「使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許されないとの趣旨を包含するもの」としたわけです。
一方民法でも509条で「債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。 」としています。
どういうことをこの事例で説明すると、債権者は賃金債権を有するXさんで、債務者が支払い義務のあるY社です。
もし、Xさんが賃金支払がないことに腹を立てて、Y社に対して破壊行動などの不法行為をしたとします。
Yが損害賠償を請求した時Xが「どうせ賃金を払う気がないのなら、相殺でちゃらだろう!」と主張したとします。
こんなことがまかり通れば、債権者の不法行為を法律が認めることになりますよね。
したがって、そのような相殺は許さないとしているのです。
このことから考えてもYの主張は認められないとなります。
判旨は雇用関係が問題となっている事例であることから特別法である労働基準法を判旨としているのかな?と個人的には考えますが、賃金全額払いの趣旨は本試験でもよく問われていますので、しっかり押さえておくことが重要です。