労働基準法判例
水道機工事件
業務命令に従わず、自分勝手に仕事をした労働者へも仕事をした以上賃金は支払うべき?
事件概要
労働者Xさんらは出張・外勤に抗議運動を行いました。
抗議に当たってXさんらは、勤務する事業所Y社にあらかじめ電話応対拒否の抗議活動を行う旨を通知していました。
しかし、Y社はその期間に重複する期間にXさんらに出張・外勤の指示をしました。
Xさんらはこれに応じられないとして、その期間内勤業務を行いました。
Y社は命令に反する勤務に賃金を支払うことはできないとして、その期間の賃金をカットしました。
これに対しXさんらが賃金の支払いを求めて訴えた事例。
- 使用者は、労働契約を締結することによって労働者に対する労務指揮権を取得し、労働者は労働契約の趣旨内容に反しないかぎり使用者の指揮命令に従って労務を提供すべき義務を負うことになるから、労務の提供は使用者の明示または黙示の指揮命令に従ったものでなければならず、これに反する労務を提供しても、債務の本旨に従った労務の提供とはいえない。
- Xらが、本件業務命令によって指定された時間、その指定された出張・外勤業務に従事せず内勤業務に従事したことは、債務の本旨に従った労務の提供をしたものとはいえず、また、Yは、本件業務命令を事前に発したことにより、その指定した時間については出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと解すべきであるから、上告人らが提供した内勤業務についての労務を受領したものとはいえず、したがって、Yは、Xらに対し右の時間に対応する賃金の支払い義務を負うものではない
労働争議は憲法で認められている権利ですから、Xさんらが行った抗議運動自体に問題はありません。
この判例での問題は抗議運動期間のY社が賃金を支払うべきか否かです。
Xさんらが行った抗議運動は、勤務をしながら一部の業の拒否を行うもので「サボタージュ」といいます。
Xさんらが勤務拒否を行う「ストライキ」であれば、ノーワーク・ノーペイの原則から賃金が発生しないので話は簡単です。
サボタージュの場合、業務命令に従っていないとはいえ、労働は行っていますからノーワークとはいえません。
そこで、判決をみてみると裁判所はY社の賃金未払いを認めてXさんが敗訴となりました。
その論旨はどのようなものでしょうか。
判決では抗議運動期間の賃金控除を認めた、つまりノーペイを認めた訳です。
ここからさかのぼると、抗議運動期間中はノーワークであったと判断されたという事です。
その理由は判旨「1」に示されています。
労働契約については民法で定義づけがなされています。
その内容は「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。」というものです。
契約においては債権と債務があります。
労働契約においては労働者は労働に従事することを約するという債務を負った債務者で、会社は労働を受け取る債権を有する債権者です。
債権者である会社が労働という債務の提供があった場合、これに対する報酬を与える事を約束するものが労働契約です。
その労務の提供の内容について判決で「使用者の明示又は黙示の指揮命令に従う事」を求め「これに反する労務の提供」は「労務の提供とはいえない」としたのです。
つまり、注文通りの仕事をしなければ駄目ですよって事です。
これより以下は労働基準法というより憲法についての解説になるので、不要な方は飛ばしてください。
Xさんらは抗議運動を行う上でY社に予告をしていました。
Y社はXさん達が抗議運動を行う事を知っていて出張・外勤命令を出したことになります。
Xさん達の抗議運動は電話応答拒否というサボタージュですから、内勤業務を行う上で成立するものです。
つまり、Y社の出張・外勤命令はXさん達の抗議運動の妨害で、憲法で保障する争議権を侵害するものではないでしょうか?
もしそうであるとしたら、Y社の出した出張・外勤命令は争議権侵害により無効となります。
これについて裁判所は、争議権を否定するものではないとしました。
それは、労働争議予告期日前に外勤命令が発せられたので外勤の労務提供が義務付けられる。
従来Y社は従業員の勤務内容の決定を尊重してきたが、Y社が従業員に業務内容の決定について権限を委ねたわけではなく、従業員の意思を尊重していたに過ぎない。
業務内容の指揮命令・決定権限はあくまでもY社にあるわけです。
一方、上記のように予告された抗議運動は内勤業務において成立するものですから、内勤命令が不可欠となります。
つまり、Xさん達の予告に従って、Y社が内勤命令を出して初めてXさん達の抗議運動は可能になる。
実際、予告期間に出された業務命令は出張・外勤命令で、この命令は争議中に出されたものでもないので争議行為を否定するものではない、という訳です。
明らかに抗議運動を阻止するための出張・外勤命令であれば争議行為阻止命令と認められたでしょうけど、判決文を見るとその証拠もなかったようです。
権利を主張する前に、義務は果たさなければならないという事ですかね。
そういう視点で見ると、権利と義務の関係を表した、良い判例だと思います。