労働基準法判例
あけぼのタクシー事件
無効解雇期間中の賃金について、支払うべき部分は。
事件概要
労働者Xさんは組合活動を行ったところ事業所Y社から懲戒解雇処分を受けた。
そこで、Xさんは裁判所に解雇無効と解雇期間中の賃金支払いを求めて訴えた。
一方、Xさんはこの解雇期間中に別の会社で仕事をしており、Y社における平均賃金を上回る賃金を得ていた。
Xさんの訴えによる裁判で、裁判所は解雇を無効として、その間の平均賃金の支払いを命じた。
ただし、賃金の支払いについては、平均賃金の6割を確保。
その差額分(平均賃金の4割分)については、解雇無効期間中にXさんが別の会社で得た賃金を控除して支払うべきとした。
ただし、一時金については控訴審で全額支払うべきとされた。
これに対しY社は、一時金については平均賃金の算出において算入しない金額であるから全額控除の対象とすべき、として上告した事例。
- 使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職に就いて利益を得たときは、使用者は、右労働者に解雇期間中の賃金を支払うに当たり中間利益の額を賃金額から控除することができるが、賃金額のうち労働基準法12条1項所定の平均賃金の6割に達するまでの部分については利益控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である。
- したがって、使用者が労働者に対して有する解雇期間中の賃金支払債務のうち平均賃金額の6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を控除することは許されるものと解すべきであり、中間利益の額が平均賃金額の4割を超える場合には、更に平均賃金算定の基礎に算入されない賃金(労働基準法12条4項所定の賃金)の全額を対象として利益額を控除することが許されるものと解せられる。
- 中間利益の控除が許されるのは平均賃金所定の基礎になる賃金のみであり平均賃金算定の基礎に算入されない本件一時金は利益控除の対象にならないものとした原判決には、法律の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。
まず、Yが行った懲戒処分については、正当な組合活動に対する処分なので解雇無効判決は当然です。
解雇が無効であれば、解雇期間の賃金を支払うべきとなります。
問題は解雇期間に支払うべき賃金の計算についてですね。
この判例のすべてを理解するためには民法の知識が不可欠となります。
ただ、社労士試験対策で判例をご覧になっている方は必要ない知識となりますので、まずは試験対策用に労働基準法に関する要点だけをまとめます。
前期のように解雇無効期間について、会社は賃金を支払う義務があります。
その金額は平均賃金と一時金です。
一時金とはボーナスの事で「3か月を超える期間ごとに支払われる賃金」に該当しますから、平均賃金の算定には含まれません。
また、支払う賃金計算の基礎となる期間を支給対象期間といいます。
今回のケースでは解雇無効期間ですね。
この間にXさんは仕事をしていて利益を得ていますが、これを中間利益と言います。
Y社が支払うべき賃金は、民法規定から中間利益を控除できます。
ただし、労働基準法の26条規定の休業補償が優先されるため「6割に達する部分」は対象禁止となります。
したがって、控除の対象は平均賃金の4割部分となります。
ここまでは異議のないところでしたが、控訴審で一時金も控除対象外とされたことにY社が異議を申し出たわけです。
そこで、最高裁で一時金の取り扱いについて、上記のように一時金は平均賃金の計算に算入されないので、控除対象と判示してY社の訴えを認めたというわけです。
では、ここからは民法規定も含む踏み込んだ内容となります。
Y社が賃金全額支払い義務を負うのは民法536条2項の規定によります。
民法536条2項とは
民法第536条2項
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
難しい条文なので分かりやすく説明します。
労働契約において債権者は労働を受け取る使用者で、債務者は労働の義務を負う労働者です。
反対給付というのは労働を受け取った場合に債権者が支払うべきもの、つまり賃金です。
Y社がXさんを解雇したことは「無効」、つまり過去に遡ってなかったことになったので、その期間XさんはY社の「責めに帰すべき事由」により労働という「債務を履行」することができなくなりました。
したがって、Y社は反対給付に当たる賃金の支払い義務が生じたわけです。
しかし、Xさんは支給対象期間中に別の会社で働いて、収入を得てました。
Y社で勤務していれば別会社で働くことも出来なかったはずなので、まさしく「自己の債務を免れたことによって利益を得た」訳です。
この収入は債権者たるY社に償還しなければなりません。
平均賃金の総額をA、中間利益の総額をBとするとA-B=CがY社が支払うべき賃金となりますよね。
しかし、そうはなりません。
労働基準法26条の休業補償規定が適用されるからです。
民法と労働基準法は一般法と特別法の関係にあり、規定が競合する場合は特別法の規定が優先されます。
ですから、民法規定の計算前に平均賃金の60%の補償義務規定が適用されるので、Y社が支払うべき金額は「A×60%」を保障した上で(A×40%)-Bを加えるという計算となります。
今回のケースでは、ここまでは問題になっていません。
問題は一時金の扱いです。
一時金も賃金ですからY社には支払い義務があります。
問題は控除の対象になるかどうかです。
控訴審では控除の対象とならないとされたので、Y社が控除の対象になるはずと上告した訳です。
その結果は判旨で示された通り、最高裁判所は控除の対象になると判示しました。
その論拠は、労働基準法26条における休業保障の計算方法にあります。
休業補償は「平均賃金の60%」です。
Y社において一時金は「3か月を超える期間ごとに支払われる賃金」に当たりました。
ですから、「平均賃金算定の基礎に算入されない本件一時金は利益控除の対象にならない」というわけです。
様々な要素が絡んできているために複雑そうに見えますが、一つ一つ丁寧に解釈すると理解できるのではないでしょうか。
個人的には、それでも控訴審に対して「法律の解釈適用を誤った」まで言わなくてもいいんじゃないの?とは思いますけど。