労働基準法判例
電電公社小倉電話局事件
退職金を受け取る権利を譲り渡した場合は。
事件概要
労働者Xさんは当時交際していた知人Zさんに乱暴を働いた。
そこで、Zさんは弁護士に相談。
弁護士はZさんの代理人として慰謝料を請求した。
しかし、慰謝料を支払えなかったXさんはZさんに対して退職金を受け取る権利を贈与することを約束。
Xさんが勤務する事業所Yへもその旨を通知した。
しかし、Xさんは気が変わり、Y社に対して退職金はXに直接支払うよう通知した。
Y社はこれに従い退職金全額をXに直接支払いをした。
これに対し、Zさんが退職金の債権は譲り受けたZさんのものであるから、Zさんに支払うべきとY社に対して請求した事例。
- 支給条件が明確な退職金は、労働基準法第11条でいう労働の対償としての賃金に該当する。
- また、退職金の給付を受ける権利は他に譲渡することができる。
- ただし、退職金債権を他に譲渡した場合においても、賃金の直接払いの原則を定めた労働基準法第24条第1項が適用されるため、会社は直接従業員に退職金を支払わなければならない。
社労士試験の対策でこの判例をご覧になっている方であれば以下のさわりだけ確認してください。
退職金も賃金です。
賃金債権も債権です。
債権は譲渡は出来ますから、賃金債権も譲渡は出来ます。
したがって、退職金の譲渡契約は認められます。
それでも、賃金直接払いの原則の方が優先されるため、使用者は労働者へ賃金を直接支払わなければなりません。
これ以上の理解は試験対策には特に必要ではないでしょうが、応用力をつけたい、合格後の実務のためにも詳しく理解しておきたい方は是非読み進めてください。
まず、重要な点は退職金は「支給条件が明確」であれば賃金である、という事です。
使用者の裁量で決まる場合は賃金に当たらないという事です。
このケースでは退職金は支給条件が明確であったため賃金に該当します。
では、この退職金=賃金を受け取る権利を譲渡することができるのでしょうか>
この受け取る権利の事を民法では「債権」と言います。
債権は「その債権の性質がこれを許さないとき」譲渡できます。
「その債権・・・」については社労士の勉強とはほぼ関係なので割愛しますが、賃金債権は民法上では譲渡出来ることを押さえておいてください。
裁判所も判旨で示した通り、その点は認めています。
では、どういう法理でZさんの訴えを退け、Y社が行ったXさんへの退職金直接払いを指示したのか。
それは、労働基準法24条の「賃金の直接払いの原則」に基づいた判断というわけです。
社労士のみ学んでいる方だと、何故民法の規定より労働基準法のそれが優先されるか理解できないですよね。
法律には普遍的項目を定めた「一般法」と特定の事項のみの項目を定めた「特別法」というものがあります。
民法は「一般法」です。
これに対して土地建物の貸借に関する法律が「借地借家法」という特別ですし、会社関係に関する法律が「会社法」という特別法。
労働者と使用者の間に関することが「労働基準法」という「特別法」なわけです。
では、一般法と特別法の関係はどのようになっているかというと、特別法が一般法に優先されます。
ですから、民法と労働基準法が競合した場合、労働基準法の規定が優先されるというわけです。
まさしく、今回のようなケースですね。
民法の規定から言うと、Xさんが賃金債権をZさんへの譲渡は成立しています。
これが例えばXさんがY社に車を売ったとしたら、その代金はZさんがY社から直接受け取っても何の問題もありません。
しかし、このケースで譲渡されたのは賃金債権です。
賃金債権については民法の他、特別法たる労働基準法での規定があります。
それが「賃金直接払いの原則」という規定です。
特別法は一般法に優先しますから、Zさんの訴えを退けY社の直接払いを認めたというわけです。
判例の深い理解は、応用力をつけていくためにプラスですので、判旨だけでなくここまで押さえておくと良いでしょう。