36協定なしでの残業は法律に基づいた残業じゃないから、法律に規定する時間外手当も払わなくていいでしょ!そんな理屈は通るの?
Y社では従業員に法定労働時間を超える休日労働や、時間外労働が行われていた。
この時間外労働に関しては除外事由がなく、Y社は36協定も締結していなかった。
さらに、Y社は割増賃金の支払いも十分に行っていなかった。
これに対し割増賃金を支払わない事が法37条に違反するとして刑事告発された事例。
判例を学ぶことで得られるもの。
それは応用力が身につくことです。
応用力を身に付けるため、この判例は非常によいものですので深堀してみましょう。
この判例は「事件概要」から「判旨」に至るY社の主張を知っておかなければ理解できません。
Y社の主張は、37条には「使用者が、第33条又は前条(36条)第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては」割増賃金の支払義務を課しているが、Y社の時間外労働は33条・36条いずれにも基づかない時間外労働であるので37条違反に当たらない。
したがって、37条違反による罰則である119条1号の罰則は適用されない、というものでした。
これを踏まえて考えてみましょう。
何故、法定労働時間を超えて仕事をさせたら時間外手当を支払う義務があるのでしょうか?
過去の判例で「使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるもの」と示されてます。
労働時間を法で制限しているのは長時間労働が労働者へ与える影響が大きいからです。
しかし、様々な理由から法定労働時間を超えて労働させるべき事情が会社には生じるのが現実です。
この現実を踏まえて労働基準法では条件付きで法定労働時間を超えても違法としない場合を規定しています。
ただ、労働者への影響を考えると条件を満たしているからと言って、簡単に法定労働時間を超えさせるわけにはいきません。
そこで、37条で法定を超えた場合には通常の賃金に加えて多くの賃金の支払いを義務づけるというペナルティを課すことで、使用者に「時間外労働等を抑制」させて法定労働時間の「規定を遵守」させるようにしている。
使用者の都合で長時間労働を強いられてしまう労働者に対しては補償を行わせるようにしている。
これが、法37条に規定している時間外手当の趣旨です。
この趣旨で法33条や法36条で適法に時間外手当の支払いを義務付けているわけだから、違法に法定労働時間外労働をさせている場合にも時間外手当の支払いを義務付けるのは当たり前じゃん!・・・言葉が荒くなってしまいましたが、事理の当然というのが判旨.1で語られていることです。
さらに、時間外手当というペナルティが無視されると時間外労働の抑止効果がなくなりますから、労働基準法では119条1項で罰則を設けて法遵守の義務付けを強固にしています。
119条の趣旨はこのような趣旨ですから、そもそもの目的である時間外労働の抑止効果を鑑みると「時間外労働等が適法たると違法たるとを問わず」罰則適用があるのも当たり前じゃん!・・・いや、条理上当然というわけです。
実は、この判例はそんなに単純でもなく、法適用の見本として更に深堀のできる判例です。
しかし、社労士試験の判例の知識として、これから先は不要です。
法律の勉強のコツや実務上で役に立てたいという方でしたら、この先も読み込んでください。
注目してほしいのは、Y社は民事ではなく刑事で訴えられたという事です。
民事であれば民法における基本原則の一つ「信義誠実の原則(略して「信義則」相互に相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則)」で判断がつきそうです。
ですが、訴えられたのは刑事です。
刑罰を科すとなると、厳密な法適用が必要となります。
しかも、この判例は最高裁の差戻し判決です。
その前の判決は無罪です。
法解釈によっては「事理の当然」でも「条理上当然」でもなかったということです。
その判旨は
「(このケースは)使用者が33条および36条規定の条件を満たさずして時間外労働および休日労働をさせ、この超過労働に対し基本賃金の2割5分以上の割増賃金を支払わなかった場合であって、(中略)割増賃金不払の点は、(支払義務ありと解するが)37条第1項・119条第1号の罪に該当しないものといわなければならない。」
であるという事です。
つまり、37条では明文で33条と36条による時間外労働の場合の時間外手当未払について規定している。
このケースは37条に違反しているとは言えない。
119条では37条違反についての罪に該当する。
33条と36条に該当しない時間外労働での時間外手当未払による場合にあっては119条の適用はない、という事です。
例えば「朝このケーキを食べたら100万円払わなければいけません。」という法律があったとします。
そこで、夕方にこのケーキを食べたら「そもそもケーキを食べたらいけないという意味だ!」と言われて100万円の支払を言われたら困っちゃいますよね。
刑事罰というのは社会的制裁を含む非常に強力なものですから、執行には慎重になるべきです。
明文にない罰則を科すべきでないとか、厳密に適用すべきとか様々なルールがあります。
「狭義の法律主義」とか「罪刑法定主義」「成文法主義」などで表現されます。
文章で書かれている事でしか罰を与えられないし、だれもが誤解のないように狭くとらえて罪を課すべきという事です。
これら刑法適用の基本を踏まえて考えれば、高裁での無罪判決も理解できます。
でも、考えてみてください。
例えば「並んでケーキを買ってください。並んだ方でケーキの代金を払わなかった方は1年間ただ働きです」と言われたとします。
それで、ちゃんと並んで代金を払わなかった場合は1年間ただ働きをさせられる。
でも、並ばずに割り込んでケーキを買って代金を払わなかったら何のお咎めなし。
だって並んでケーキ買ってねーし、って事になったらどうでしょう。
そうだとしたら納得できないですよね。
そこで、最高裁判所は判旨にあるように33条・36条違反の場合であっても37条・119条の適用は「事理の当然」であり「条理上当然」と示したわけです。
これは、法解釈の一種で「勿論解釈」と言われています。
どういう事かと言うと、先のケーキ代金未払いの例で言うと
「ケーキを並んで買った人であっても代金未払いの場合は1年間ただ働きだから、並ばずに買わなかった人は”勿論”1年間ただ働き!」
という事です。
これを今回のケースに当てはめると
「33条・36条で適法に法定労働時間を超えた労働をさせた場合であっても時間外手当を支払わなかったら、119条で刑罰を科すわけだから、”勿論”違法に時間外労働させた場合も刑罰を科します!」
という事です。
これらを踏まえて判旨を読み下すと、
「33条と36条は罰則なしで法定労働時間を超えて労働させることができる訳で、それでも法定労働時間外労働については別に割増手当の支払を義務付けている。
だとしたら勿論、違法に労働させた場合はよりきつく時間外労働手当の支払いを義務付けるのは当たり前。
法定労働時間外労働をさせた場合、確実に割増賃金を支払わせるのが119条の罰則規定の目的だから、適法に法定労働時間外労働させた場合も違法に法定時間外労働をさせた場合にも勿論、罰則規定が提供されるのは当然!」
と、まあそういうわけです。
非常に回りくどい解説に思われたかもしれませんが、法適用というのはこういうものなのです。
学習するうえでもどういう点を押さえるべきかが分かるので、結果だけを押さえるのではなく、深く理解しておくと合格にあと一歩近づくと思いますよ。