この判例で重要な点は2点。
1.賃金全額払いの趣旨を明らかにしたこと。
2.前貸金相殺の禁止に違反しない相殺の場合を明らかにしたこと。
この2点です。
「1.賃金全額払いの趣旨」について判決で「労働者の経済生活の安定をはかろうとするもの」としました。
労働者の生活はその殆どを賃金によって支えられているので、使用者が「一方的に控除」されると場合によっては生活が出来なくなるので禁止。
その上で「2.前貸し金相殺禁止に違反しない相殺」について。
法5条の禁止内容は主格が「使用者」となっていますから、労働者からの申出による相殺自体は禁止されていない事になります。
しかし、「前貸し金相殺」ということは「労働者」が「借金」しているという事ですから、「使用者」と「貸主」から見ると弱い立場ですから、弱い立場が圧力をかけられて相殺を申し出ている可能性もあるわけです。
そこで、この判例で法5条に反しない相殺とは「完全な自由意思に基づき相殺に合意した場合であり、同意が労働者の自由意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき」と定義づけたわけです。
社労士試験には余談となりますが、破産管財人はどういう理由でこの裁判を起こしたか。
そのためにまず、破産管財人の仕事について説明します。
非常に簡単に説明すると、破産管財人は破産した人(この場合Xさん)から様々なことを聞きとり、破産した人が持っている財産を調査。調査によって明らかになった破産した人の財産を売却処分して債権者に平等に配分する仕事です。
このケースで管財人Zが調査したところ、破産直前にXさんがY社に退職金の相殺によりY社に対する借金返済に充てていることが判明しました。
この様に破産申請前に財産を処分した場合はどうなるのでしょうか。
破産申告による財産処分の対象となるのは破産時に保有する財産のみです。その前に処分した財産は対象になりません。
また、破産前の財産処分は禁止されていません。
しかし、破産申請前に大きな財産を処分されると債権者に分配されるはずだった財産が減ってしまい、債権者は大きな不利益を被りますよね。
ですから、管財人にはそのような財産処分を帳消しにする権限が付与されています。
これを破産管財人の「否認権」といいます。
もちろん、どのような財産処分でも否認の対象となるわけではなく、詐欺行為など一定の場合のみに認められています。
管財人ZはXさんとY社の破産直前の退職金相殺が賃金支払5原則の直接払いと前借金相殺の禁止に違反しているので否認権を行使して無効としようとしたわけです。
結果として違法とは認められなかったのでY社への返済は有効となったというわけですね。