使用者が休業手当を支払い義務が生じる「使用者の責めに帰すべき事由」とは。
航空会社Y社の羽田地区の労働組合がストライキを決行。
この影響で大阪と沖縄の営業所は業務を行えなくなった。
この間、これらの営業所に勤務の労働者Xさんらの就労の必要がなくなったため、Y社はXさんらに休業を命じた。
これに対してXさんがY航空会社に対して、民法第536条第2項に基づく賃金の支払いを請求。
これが認められない場合であっても労働基準法26条に基づく休業補償の支払いを請求した。
社労士の試験勉強だけで読んでいる方は、解説のさわりだけを確認しておいてください。
民法を含めた解説は、この判例理解を社労士の勉強対策とされている方には必要のない知識となります。
民法の特別法としての労働基準法についてや、この判例の完全理解に興味がある方は長い解説とはなりますが、お付き合いください。
労基の勉強として重要なポイントは法26条における「使用者の責めに帰すべき事由」がどのようなものかです。
この判旨において、民法での「責めに帰すべき事由」で採用されている過失責任主義より労働基準法の方が「使用者側に起因する経営、管理上の障害」まで広く含んで解釈する定義づけを行いました。
この上で、今回のケースにおいてはストライキは会社の責任に当たらないのでXさんの主張は受け入れなれなかったというわけです。
労基の社労士対策に必要な知識はここまで。
以下は民法も含めた詳しい解説となります。
これを読んでいる方は労働基準法は学んでいても、民法は学んでいない方も多いと思います。
社労士の試験対策としては民法の内容と民法-労基法の関係はそれほど重要ではありませんが、判例を読み解く上では重要ですし、実務上でも必要な知識ですので詳しく解説します。
民法536条は「危険負担」という、債務を履行することができなくなった場合についての条文です。
どういうことかというと、契約をしたけど契約が果たせなかった場合についての決まりです。
労働契約においては、契約によって労働を受ける権利を事業所が有することになりますので、事業所もしくは使用者が債権者。
労働をする義務を労働者が負うことになるので、労働者が債務者となります。
そして、労働者は労働という「債務」を果たしたら、それに対償としての賃金を受け取ります。
これを「反対給付」といいます。
これを踏まえて、Xさんが主張の基礎とした民法536条2項を見てみましょう。
民法第536条2項
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
文言の意味が分かっても分かりにくい条文ですねぇ、というわけで読み下します。
債権者に落ち度があって、債務者が契約の義務を果たせなかったとき、債権者は債務者が義務を果たしたときに貰う報酬を求められたら、払わなければならない。
もしこの時、債務者が契約の義務を果たす必要がなくなったことで利益を得た場合、その分は債権者に返さなければならない。
後段の部分はこの判例とは関係ないので判例解説後に、またまた先送りします。
判例理解に必要な、前段の意味はこれで理解できたでしょうか。
今回のケースでは第一に、仕事を勝手に休まされたので「債権者の責めに帰すべき事由」によって労働という債務を果たせなかったわけだから、反対給付にあたる賃金は払え、と主張したわけです。
第二に、第一の主張が認められなかったとしても、労基の「休業補償」の請求を主張したわけです。
ここでまず問題になることは民法536条2項と労働基準法26条とも共通の「責めに帰すべき事由」です。
民法ではこの「責めに帰すべき事由」は「過失責任主義」とされています。
また難しい言葉が出てきました。
「過失責任主義」の意味は、損害が発生した時に加害者に故意又は過失がある場合は加害者が責任を負わなければならない、というものです。
逆に言えば、故意・過失がなかったことを加害者が証明すると責任を負わなくてよいことになります。
では、労働基準法における「責めに帰すべき事由」とはどのようなものでしょうか。
解説のさわりでも説明した通り、この点がこの判例で最も大切な点です。
労働基準法26条における「責めに帰すべき事由」について判旨で「民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」よりも広く」捉えるべきとしました。
具体的には「使用者側に起因する経営、管理上の障害」を含んだものであるとしたわけです。
この違いを具体的に説明します。
ある工場で、突然の不況で注文キャンセルが相次いで工場を稼働する必要がなくなったため休業させたとします。
この時、民法の考え方でいうと休業の原因は「不況」と「注文のキャンセル」なので、どちらも使用者に過失・故意はありません。
ですから、損害補償をする必要がないので賃金を支払う必要はありません。
しかし、労働基準法の考え方でいうと「不況」も「注文のキャンセル」も「経営、管理上の障害」になりますから、休業補償の必要があることになります。
社労士の試験対策として、この判例ではこの法律間での同じ文言の定義の違いが重要ポイントです。
次に問題となるのは他の地区のストライキがXさんの地区の休業における「使用者の責めに帰すべき事由」に当たるかどうかです。
Xさんの第一の主張は民法上の主張ですから、他の地区のストライキはXさんの地区のY社使用者の過失でも故意でもありません。
したがって、Y社に民法上の責任がないことは明らかです。
では労働基準法上の責任はどうでしょうか。
結果は判旨にあるように該当しないと判示しました。
「本件ストライキは、労働組合が自らの主体的判断とその責任に基づいて行ったものであって、会社に起因するものではない。」
つまり、ストライキは会社が意図して行ったことではなく、労働組合が主体的に行ったこと。
このストライキによって、就労の必要がなくなったので、Xさんの休業は「会社に起因する経営・管理上の障害」ではない。
したがって、休業手当の請求はできないとしました
。
「使用者の責めに帰すべき事由」の定義については非常に重要です。
本試験でも選択式・択一式ともに何度も問われているのでしっかり押さえておきましょう。
おまけ的になりますが、民法536条2項の後段について解説します。
まず、使用者の過失があって休みを取らされたとします。
もちろん、その日の賃金は受け取れます。
仮に日給1万円としましょう。
この日に友達から「休みだったらちょっと手伝ってよ」と頼まれたので短時間ながら仕事をしたとします。
仮に3千円分としましょう。
この時に会社から貰えるのは7千円となるということです。
計算は簡単ですね。
1万円-3千円=7千円です。
どうしてこうなるかというと「債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。」からです。
債務者は労働者に当たります。
休みを言われたという事は労働力を提供するという「自己の債務を免れた」という事になります。
休みをもらった、つまり「自己の債務を免れた」ので友達を手伝えたことになります。
ですから、友達から貰ったその日のお金は「自己の債務を免れたことによって」得られた「利益」となります。
これは「債権者に償還」しなければなりません。
したがって、上記計算式のように会社から貰えるのは7千円となります。
2021年の現在、コロナ禍による休業が多発してますから、ここまで押さえておくと安心かもしれませんね。