労働基準法判例
福島県教組事件
計算を誤って、多く支給してしまった給料。変換されないから相殺したいけど、それでも賃金相殺はダメ?賃金全額払いの原則で許されないの?
事件概要
公立の学校Y校に勤務するXさんは9月にストライキにより職場離脱をしていた。
しかし、Y校は9月分は欠勤分の控除をせずに、更に12月には勤勉手当の全額を支給した。
そこで、Y校はXさんに対して1月に9月の過払い分及び勤勉手当の返還を求めた。
返還請求の際に「返還しない場合、給料天引きとする」と告知したがXさんは過払い分の返還をしなかった。
その為Y校が過払い分の減給をしたところ、Xさんが賃金全額払いの原則に違反するとし、減額分の支払いを求めて提起した事例。
- 適正な賃金の額を支払うための手段たる相殺は、その行使の時期、方法、金額等からみて労働者の経済生活の安定との関係上不当と認められないものであれば、禁止するところではない
- 許さるべき相殺は、過払のあった時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならない。
この事例で問題になりそうなのは法17条の相殺禁止と法24条の賃金全額払いの原則ですね。
まず、法17条で禁止されている相殺は「前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金」が禁止対象です。
この事例では「前借金」でもないですし。「その他労働することを条件」とした相殺ではないので、法17条違反には当たりません。
問題は、この事例の相殺がXさんの主張するように賃金全額払いの原則に反しているかどうかです。
結果を先に言うと、賃金全額払いの原則には反しないと判示しました。
その理由は何でしょうか。
裁判所が理由として挙げたのは、この事例の相殺は「適正な賃金の額を支払うための手段」である事です。
計算するのは人間ですから、間違いは生じるでしょう。
その間違いが過払いであった場合、後に支払われる賃金から過払い分を控除することには「合理的な理由がある」としたわけです。
ただ、合理的な理由があっても賃金全額払いの原則の趣旨は経済生活の安定なので、この趣旨との関係上不当と認められないものであれば禁止されない、としました。
その上で、どのような相殺であれば許されるかも示しました。それは
- 過払いがあった時期と合理的に接着した時期に相殺が行われて、また、あらかじめ労働者にその予告をしている。
- 相殺をする金額が多額にならない。
の2点です。
賃金全額払いの原則の趣旨は、「労働者の生活を支える重要な財源で、日常必要とするものであるから、これを労働者に確実に受領させ、その生活に不安のないようにすること」(
日本勧業経済会事件
)であることから、この趣旨が害される様な相殺でないことが要件となります。
そこで示された要件が上記の2つです。
この事例では、2つとも満たしていることからこの事例では賃金全額払いの原則には反していないとしました。