「超」が3つぐらい付く程重要かつ有名な判例です。
労働基準法の前に憲法の適用に関するの判例としてご存じの方も多いのではないでしょうか。
ですが、ここは労働基準法の判例解説なので、労働基準法の側面から解説したうえで憲法適用については後で簡単に触れます。
Xさんが主張した内容はこうです。
Y社がXさんの本採用拒否した理由は、学生時代に学生運動に参加したことが理由である。
しかし、労働基準法3条では「思想・信条の平等待遇」が定められており、Y社の本採用拒否はこれに反する。
したがって、本採用拒否は無効であり、Y社との雇用関係は継続しているものでした。
このXさんの訴えに対して判決で裁判所はXさんの訴えを認めませんでした。
何故か。
それは、法適用の問題に答えがあります。
労働基準法が適用されるのはどの様な場合でしょうか。
法総則にあたる第1条2項で「労働関係の当事者」となっていますね。
これは、労働基準法が適用されるのには労働関係の当事者間の問題である必要があるとも言えます。
雇用関係に入る前の当事者間は労働関係にないので、これについては縛るものではありません。
本採用はY社のXさんに対する「雇い入れ」に関することです。
「雇い入れ」ということはY社とXさんは雇用関係になる前ですから「労働関係の当事者」には当たりません。
つまりは、労働基準法3条は雇入れそのものを制約するものでないので、雇い入れ時に思想信条を調査することや、本人に申告させることも「法律上禁止したものではない」と判示したわけです。
加えて、この判例では試用期間中の解雇の考え方についても明示しました。
その内容は、採用しても使ってみないと使える人材かどうかは分からないから、使ってみた上でどうするかを決める権利を持ちつつ採用してみる期間が「試用期間」であるとしました。
これを解雇権留保付労働契約といいます。
それでも、その権利-解雇権はどんな理由でも行使していいものではなく「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認される場合に限られる」としました。
はい、ここからは憲法適用に関する事なので、社労士試験対策には関係ないので読み飛ばしても大丈夫ですが、この判例は労働基準法のそれというより憲法適用の判例として最重要判例ですので一応解説しておきます。
前述のように労働基準法3条で保証されている「思想・信条の平等待遇」についてはY社・Xさん間は労働関係の当事者にないことから適用されません
しかし、国の最高法規たる憲法では14条・19条で「思想・信条の平等」が保証されています。
これはどうなるんだということです。
これも、法適用の問題として判事されています。
憲法は、そもそも国と私人(ざっくりと法人も含めた国民と理解してください)の間に適用されることを想定しています。
では、私人の間の憲法の適用についてはどうなのでしょうか。
これに関しては3つの適用説が存在します。
全く適用されない「無効力説」、私人の間にもそのまま適用されるとされる「直接適用説」。
そして、私法(民法など私人の間に関することの法律)を通して憲法規定を適用させる「間接適用説」です。
この判例では3つ目の「間接適用説」を一部採用しました。
Xさんは勿論、Y社も法人たる私人です。
Y社には基本的人権たる「経済的自由」や「思想・信条の自由」があります。
どの様な人物を、例えば自分たちの思想信条に合う者のみを採用して経営するか、はY社が持つ自由です。
「いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件で雇うかを、(中略)原則として自由に決定できるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、当然に違法とはできない。」というわけです。
この経営判断を行うためには採用試験に応募してきたものの思想信条を確認する必要がありますよね。
そのためにも「労働者の思想、信条を調査するあるいはその者に申告させること」が必要になりますから、「法律上禁止された違法行為といえない」と判示したわけです。
つまり、私人の間には憲法で保証する「思想・信条の平等」は適用されないということです。
「(中略)」の部分がなければ、です。
「(中略)」部分で判決は「法律その他による特別の制限がない限り」と示しています。
言い方を変えれば、採用の自由やこれに伴う思想信条の調査も法律その他による特別な制限があれば禁止できる、ということです。
これが私人の間に憲法を適用に対する「間接適用説」。
憲法を私人の間には直接適用せず、憲法の理念を盛り込んだ私人の間を規制する法を立て、これにより私人の間にも憲法の理念を「間接的に」適用させるというやり方です。
「私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用」によって制限されますよ、ってことです。
そのうえで、今回の訴えにおける労働基準法3条の適用について、上記のように適用対象とはされないと判断されたわけです。
批判も多い判例なので、釈然としない部分もあるでしょうが、法律の適用に対する考え方を学ぶ上で大変重要な判例ですので理解に努めてください。
ちなみに、後日談です。
この裁判は長期に及び、最終的にはXさんとY社は和解し、Xさんは復職。
その後、Xさんは三菱樹脂の子会社の社長となりました。